岡山地方裁判所 昭和52年(ワ)162号 判決
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一二〇〇万円および内金一一〇〇万円に対する昭和五二年三月一九日から、内金一〇〇万円に対する判決言渡の翌日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文1、2項同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和四九年四月二日午後七時三〇分頃
(二) 場所 玉野市用吉地内農免道上
(三) 事故の態様 原告が自動二輪車を運転進行中、右農免道上に堆積されていた第2項記載の盛土に乗りあげて転倒し、頭蓋底骨折、左頬骨々折、頭部眼瞼上口唇挫創、眼容縁骨折等の傷害をうけた。
2 被告の責任
玉野市用吉地内農免道(幅員五・八メートル、以下本件農道という。)は被告の管理する道路であるが、本件事故当時道路補修用土砂四トン位が高さ約一・八メートル、道路左端(原告の進行方向からみて)から三・三メートル位にわたつて山状に堆積されていた。
右盛土には先端にビニール袋をとりつけた竹竿が三本立てられてあつたが、本件事故現場付近には、照明設備もなく、他に何ら危険の発生を防止する措置もとられていなかつた。
本件事故は、被告の右道路管理の瑕疵に基くものであるから、被告は国家賠償法二条一項により原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。
3 損害
(一) 逸失利益 合計金一一七三万九一七三円
原告は受傷当時タマデン工業株式会社に勤務していたが、本件受傷により稼働不能となり退職を余儀なくされた。
(1) 昭和四九年四、五月分金一三万八〇〇〇円
(2) 昭和四九年六月から昭和五〇年五月分金一三三万三二〇〇円
(3) 昭和五〇年六月から昭和五一年五月分金一四五万四〇〇〇円
(4) 昭和五一年六月以降金八八一万三九七三円
但し労働能力喪失率七九パーセント、ホフマン係数による。
(二) 入院雑費 金一六万五〇〇円
但し一日の入院雑費金五〇〇円として三二一日間入院。
(三) 治療費 金二万九一八〇円
(四) 慰藉料(入通院) 金一七〇万円
(五) 慰藉料(後遺症) 金五〇〇万円
(六) 弁護士費用 金一〇〇万円
4 損害の填補 金二一二万一二四一円
但し労災保険金(後遺症四級の認定)として昭和五二年二月末までに支給された額
よつて原告は被告に対し、国家賠償法二条の損害賠償請求権に基づき請求しうる金員から損害の填補を受けた金員をさしひいた残金一七五〇万七六一二円の内金一二〇〇万円及び内金一一〇〇万円について事故の発生した日の後である昭和五二年三月一九日から、内金一〇〇万円(弁護士費用)につき、判決言渡の日の翌日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)(二)は認める。同1(三)の事実は知らない。
2 請求原因2については、本件農道が被告の管理にかかるものであること、盛土があつたこと、右盛土上に竹竿が三本立てられていたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(一) 本件農道上の盛土は道路端から中央へ約一・八メートルまでの箇所に、高さ一・五メートル、長さ五メートル位の範囲にわたつて土が盛られていたものであり、しかも右盛土上の三本の竹竿の先端には、幅五センチメートル、長さ三〇センチメートル位の白布がとりつけられていて、危険防止の措置は十分とられていた。なお盛土は夜間においてもアスフアルト舗装を施した本件道路面に対して色彩上からも形状上からも充分確認することができるものであつた。
従つて盛土は道路の瑕疵ではない。
(二) 本件盛土は玉野市用吉地区選出の玉野市農業土木指導員細川男也が自発的判断に基いて、昭和四九年四月二日午後四時前に行なつたもので、被告は右作業に関与していなかつた。しかも本件農道は自動車交通量の少ない道路であつたので、右細川において前記のような状態で三時間余の間盛土を放置し、それがある程度交通に支障を来たしていたとしても、かかる短い時間に、そのような状況に至つていることを管理責任者たる被告において知り得べくもないものである。よつて仮に本件盛土によつて道路の安全性に欠けるところが存するとしても、それは被告にとつて不可抗力によつて生じた場合というべく、従つてその管理には瑕疵がないものである。
(三) 仮に、被告の道路管理に瑕疵があつたとしても、本件道路上の盛土と原告の受傷との間には相当因果関係がない。すなわち原告は単車を運転して時速三〇キロメートルの速度でライトを下向きにして本件農道上を進行してきたところ、対向してきたトラツクのライトに目がくらみ運転操作を誤つて土砂に乗りあげ転倒したため受傷したものであるが、原告が前方注視義務を怠つていなければ対向車の前照燈に眩惑されることなく(眩惑されれば停車すべきである。)従つて前方に盛土があることも発見できるのであるから、これに乗り上げることはありえないのである。
これを要するに本件事故は原告の運転未熟ないしは、注意義務違反が招いた自損事故というべきである。
3 請求原因3、4は知らない。
三 抗弁(過失相殺)
原告には二(三)に述べたとおりの過失及び本件事故当時ヘルメツトを着用していなかつた過失が存するので、過失相殺をするべきである。
四 抗弁に対する認否
原告に過失ありとの主張は争う。原動機付自転車のライトの照射距離は一五メートルであること、夜間であり盛土には点滅燈の設備がおかれていなかつたこと、事故現場付近で対向車のトラツクがそれまでライトを下向きにしていたのを急に上げたため一瞬原告が目を射られたような形になり、その直後本件盛土に乗りあげ転倒したものであることを考えれば、原告に前方注意義務違反の過失はなかつたものというべきである。又仮に原告に前方注視義務違反の過失があつたとしても、前記事情を考慮すれば極く軽微なものであるに過ぎない。また原告は事故当時ヘルメツトを着用していたものである。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1(一)(二)の各事実は、当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第一〇、一五、一六号証、乙第一号証によれば請求原因1(三)の事実が認められる。
二 請求原因2の事実のうち本件農道が被告の管理する市道であること、本件事故当日である昭和四九年四月二日に右農道上に盛土があつたこと及びその盛土には竹竿が三本立てられていたことは当事者間に争いがない。
いずれも成立に争いのない甲第二号証の一ないし五、同第三・四号証、同第七ないし九号証、及び証人黒田健一の証言によれば、右盛土は前記事故当日の午後三時ころ、細川男也の指示により大野建設の従業員守本満夫がトラツクから本件事故現場におろしたものであること(その量は約四トンであつた)、右盛土上に立てられていた竹竿の先端には、ビニールひもないしはビニール布がとりつけられていたこと及び、本件盛土付近には点滅燈も設置されず、又他に危険の発生を防止する措置もとられていなかつたことがそれぞれ認められる。甲第四号証のうち右認定に反する部分はたやすく措置することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
前掲甲第二号証の一ないし五及び証人黒田健一の証言によれば、本件事故後三、四〇分後の盛土の規模は、道路左端から(原告の進行方向からみて)約三・三メートル、高さ約一メートル、長さ約三・七メートルにわたるものであることが認められ、右の事実と甲第三、四号証、同第七ないし九号証を総合すると、本件事故直前には盛土は少なくとも道路左端から(原告の進行方向からみて)道路中央部を超え、その高さは約一・五メートル位であつたと推認される。
甲第七ないし九号証のうち右認定に反する部分はたやすく措信できない。右認定のとおり盛土は原告の進行方向からみて本件農道の左半分を占め、その進行を妨害する状態にあり、かつ盛土上に竹竿を三本立てただけで盛土周辺には照明もなく、点滅燈を設置するなど危険発生防止の措置を十分とつていなかつたものであるから本件農道は、道路として客観的な瑕疵を有していたということができる。
三 そこで、次に本件農道について被告に道路管理の瑕疵があつたかどうかについて判断する。
前認定のとおり本件農道は幅員五・八メートルの規模のもので又成立に争いのない甲第五号証及び弁論の全趣旨によれば、一般車両も通行できるものの、本来農道整備事業の一環として造成されたものであることが認められ、右各事実によれば、本件農道はいわゆる幹線道路ではなく、交通量もそれほど多いものではないことが推認できる。そして甲第三、四号証、同第七ないし九号証、成立に争いのない甲第六号証によれば、本件農道に盛土をなすことを指示したのは細川男也であつて、細川は玉野市用吉地区選出にかかる玉野市農業土木指導員であつたこと、右農業土木指導員の職務は選出地区内の農道用水路等の補修工事を市からの補助金の範囲で計画執行するもので、その計画、立案、執行にあたつては、右指導員の自発的判断に基づいてなされるものであること、本件盛土も、農業土木指導員細川男也の自発的判断に基づき、その権限と責任で計画立案、執行がなされたものであつて、道路上に土砂を置くにつき管理者の許可を受ける等の措置も全くとつていなかつたことがそれぞれ認められる。
そして、本件事故が発生したのは、昭和四九年四月二日午後七時半ごろであることは当事者間に争いがなく、又本件盛土がなされたのは、前記認定のごとく、午後三時ころであり、右事実によれば盛土が本件農道上に放置されていたのは四時間余のことである。
以上の事実によれば、本件盛土は細川男也がその権限の範囲内で自発的判断に基づいてなしたもので被告はこれに関与しておらず、又盛土が放置されていたのは四時間余の短時間にすぎなかつたのであるから、被告は、本件盛土の存在を知りうべくもなかつたのであり、これに加えて本件農道のごとく幹線道路でなく交通量の少ない道路にあつては被告が常時右道路を監守しなければならないとは到底言えないので、結局本件農道の瑕疵を事件発生以前に修復することは被告にとつて不可能であつたというべきである。
そうすると被告には本件農道の管理につき何ら瑕疵はなかつたものである。
四 よつてその余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅田登美子)